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向であり、従来の工学観とは少し異なった視点が必要である。
以上述べた設計目的は、新しい機能をもった材料や構造をつくりあげることであった。しかし今後はつくるだけではなく、その材料や構造が使われ、すてられ、時にはこわされリサイクルされるまでのトータルライフを最適化した設計を事前におこなうことが重要課題である。この意味でも生体に学ぶ設計は多いと考えられる。

 

4.4.5 シグナル伝達
(1) 化学振動
生体には、しばしばリズムが現われる。脈拍はもっとも身近な例であろう。このようなリズムは、単独であれば独立に振る舞う生体の組織が、協同して作用し合うことによって現われる現象である(吉川,1992)。
筋細胞は、筋原線維を最小の単位として、これが数千本束なったものである。この筋原線維は、外部的な刺激ばかりでなく自発的に伸縮振動することが近年知られるようになった(日本物理学会,1989)。図4−35に模式化したように、筋収縮のエネルギー源であるATPに、その加水分解によってできるADPと無機リン酸を添加した溶液に筋原線維を浸すと、伸縮振動が秒単位の速さで生じる。ADPあるいは無機リン酸濃度をいずれか減少させると振動は止み、伸びるか縮むかの一方にのみとなる。
筋原線維は、細胞の一要素に過ぎないが、生命体全体としても自ら振動することで機能を維持しているものもある。アメーバ細胞は、たった一つの細胞で生きており、物質系と生命系の境界に位置していると考えられている。アメーバ細胞の一種である粘菌は、他のアメーバ細胞が10ミクロン位の大きさであるのに対して容易に1平方メートル位の細胞を得ることができ、研究材料として優れている(北森・北村ら,1996)。粘菌を観察すると細胞の中を管が網目状に発達しており、管の中をゾル状の原形質が数分周期で規則的に往復運動する。これが原形質流動と呼ばれる現象であり、情報の生成と伝達を担っている。この収縮のリズム性は、酵素反応で生み出され、環境の刺激(変化)によって振動周期が変化してアメーバの行動がコントロールされる。二つの粘菌が合体する時、それぞれの振動は始めはズレているが、図4−35に示すように次第に同調し位相ロッキングが果たされる。振動によって情報が細胞全体に伝達され、異なった細胞が一体化するという不思議な特性も持っており、化学振動は、生命の維持に重要な役割を果たしていることが分かる。

 

 

 

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